NEWS&REPORT お知らせ・レポート

『いわき時空散走フェスティバル24秋』平ツアー

▶ 平ツアー『いわき時空散走フェスティバル2024秋』

【日時】2024年10月12日(日)9時~12時

【集合・解散】いわき駅

【サポーター】渡邉瞳子(わたなべ・とうこ)

▶ツアーコース

(スタート)いわき駅→ 平一望スポット→ 待ち合せスポット→ 桜ヶ丘高校→ さわの湯→ 磐城高校→ 山田屋醸造→ ときわ亭→ 藤田女学校跡→ 釜屋跡→ 河原子地蔵堂→ 元文義民の碑→ FARO(ゴール)

 

今回は、前回のツアーでは行けなかった平鎌田町の方まで走り、総勢約2万人の義民が集まったという元文一揆のゆかりの地を巡りました。

 

平ツアーは、どうしても坂道を避けられないコースになってしまうのですが、参加者の中には自分の電動自転車で参加される方も!その方は、平にお住まいで、最近自動車免許を返納して、移動手段として電動自転車を購入したそうです。いわき時空散走のツアーでは、どんな自転車でも参加OK!自分の体に合う自転車で一緒に走りましょう!

 

▶ツアーハイライト

ー 青春時代の逢引き場所!?

ある交差点で止まり、サポーターの渡邊さんが出してきたのが、昔のいわき民報の新聞。

 

その一面には地図が載ってあり、今私たちがいる場所のあたりにはハートマークが印されています。かつては、この交差点が、磐城高校と磐城女子高校の生徒たちの逢引きの場になっていたんだとか。

 

男子校・女子校と分かれていたため、カップルたちは朝に駅の方から一緒に通学し、この交差点で別れて各々学校に向かったそうです。帰りだと、部活などで時間が合わなかったり、携帯を持っていない時代なので待ち合わせが難しいため、下校ではなく登校デートが多かったそうですよ!

 

丹後沢公園に寄り道したり、それぞれのデートコースがあったとか...やっぱり学生時代の話は盛り上がりますね!

ー 元文一揆で三千人が集合した平久保町

平久保町にある『山田屋醸造』さんにやってきました!城山から山田屋醸造の方へ下るこの坂がいつも印象的です。

 

この近くには、好間江筋が流れており、元文3年(1738)に起こった『磐城平藩元文一揆』では、約二万人の百姓たちが城下に押し寄せましたが、そのうちの三千人がこの好間江筋入口に集合したと言われています。この道に、三千人もの人が押し寄せたとすると、とんでもない光景が想像できますね。今にはない、当時の百姓たちの団結力の強さ、人間としての強さを感じます。

 

すると、お父さんが秋茄子の漬物を持って出てきてくれました!みずみずしくて、塩味がちょうど良く、とっても美味しかったです。浅漬けではなく、自家製の味噌漬けだそうで、漬け方まで教えてくれました。良い休憩タイムになりました~

ー 歴史ある蔵が並ぶ釜屋跡

平四町目の方まで走ってくると、風情漂う蔵が出現!いわきの方なら、一度は見たことある人が多いのではないでしょうか?

 

元禄13年(1700)、磐城平藩の御用商人・初代椎名久太郎(名字帯刀が許されて諸橋を名乗る)によって『釜屋』が創業されました。平最大の豪商となり、三代諸橋久太郎(1893~1973)は平市長を務めました。また実弟の諸橋元三郎(1897~1989)は私設図書館・三猿文庫(蔵書5万5000点余)を開設し、郷土研究に多大な功績を残しています。土蔵造の店蔵と耐火レンガ造の袖蔵を洋風の石張り建築で繋ぐという独特の歴史的建造物です。

 

現在は、『サロン・ド・蔵』として、美容室、自家焙煎珈琲豆店、バーがそれぞれ営業されています。参加者の方によると、震災前までは二町目のあたりにもこんな建物があったという話もありました!

ー 首切り地蔵堂とかまたばし

元文3年(1738)、磐城平藩・内藤家の重税に苦しんだ農民約二万人が決起する元文一揆が起こりました。内藤家は、農民側の要求を認めましたが首謀者の吉田長治兵衛ら8名を捕縛し、翌年、鎌田河原で斬首。後に、義民供養のための地蔵尊が建立されました。

 

すると参加者の方が、「この道は商店街だった。両サイドにいろんな店が並んでいた。」とのこと!米屋、炭などの燃料屋、パン屋、魚屋、豆腐屋・・・たくさんのお店があったそうで、近隣に住む方々の生活に必要なものが買い揃えられるようになっていたんですね。

 

また古地図を見ると、かまたばしの道だけが書かれていて、現在両サイドにある道はありませんでした。かまたばしが1番古い街道だったので、商店街もあり、当時のメインストリートだったことが分かりました!「だからここに橋が架かっているのか~」とみんな納得している様子でした。

陸奥さん:「岡田牛乳があったとか覚えてたりします?」

 

以前リサーチで、この先の川沿いの建物の裏に少し不思議な石像を見つけていて、あとから調べてみると岡田牛乳の創業者の岡田治作さんということが分かりました。しかし、まだまだ謎のままだったのですが・・・

 

参加者:「ありましたよ。牛小屋があったのを覚えています。今はあまり見ないですが、ミルクを入れる大きい缶があって、そこに絞って入れてのを集荷して、ここで殺菌してみんなが飲める牛乳にしていたようです。」

 

ここに牛がいたなんて想像できないですね。しかもこんな細い橋が1番歴史あるメインストリートだったとは!参加者さんのお話から、新しい発見がたくさんありました!

ー 東日本国際大学に『元文義民の碑』が!

東日本国際大学の前身は、昭和41年(1966)開学の昌平黌短期大学です。平成7年(1995)に商経科を分離・改組して東日本国際大学を設立しました。留学生数は約1500人で、全国の大学の中でもトップクラスです。

 

東日本国際大学隣接の五霊神社には、元文一揆の『元文義民の碑』があります。階段を上ると、平のまちを一望できました。

 

今回のツアーでは、元文一揆のゆかりの地を巡ることができ、元文一揆の物語や、当時の光景を想像し、思いを馳せました。また、参加者の皆さんと共に、平での色んな思い出話を聞くことができとても楽しい時間となりました!

 

文章:井上栞里(NORERU?広報)

Page Top