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『いわき時空散走フェスティバル2025秋』赤井・平窪ツアー

▶ 赤井・平窪ツアー『いわき時空散走フェスティバル2025秋』

【日時】2025年10月19日(日)13時~16時

【集合・解散】赤井駅

【サポーター】大森由美子(おおもり・ゆみこ)、鈴木靖子(すずき・やすこ)

 

▶ツアーコース

(スタート)赤井駅→ 赤井北諏訪神社→ 比良団地→ 中島魚店→ 赤井中学校→ 南部赤井諏訪神社→ 大森家→ 赤井駅(ゴール)

 

今回は、マップには載っているけど、行けてなかった赤井北諏訪神社から始まり、赤井エリアを中心に今まで行ったことのないコースを走りました!また、前回の赤井・平窪ツアーにも参加してくれた赤井出身の高木友紀さんが、一緒に巡ってくれることに!高木さんが見つけた、1996年の比良団地周辺地図と共に、様々な思い出話をきいていきます。

サポーターの大森由美子さんは、体調が優れず・・・赤井駅まで来てくれたのですが大事をとって家で休んでもらい、最後に大森家に立ち寄ることにしました。まさかのサポーターが開始早々に帰宅するという、いわき時空散走ツアー史上初の事態でしたが、サポーターの鈴木靖子さんと、高木友紀さんのおかげで、無事にツアーは実施できました。時空散走のツアーは、ガイドがいない上に、サポーター(ファシリテーター役)より参加者の皆さんの方が喋るので、こんな状況でも成り立ってしまうのだと思います(笑)

いつも参加してくれる平窪に住む小学生2人も、赤井にはあまり行く機会がないそうで、いつもと違うコースと聞いてスタート前からワクワクしている様子でした。2人は、親子タンデムで参加!もうすっかり乗りこなしています。

 

まず向かうのは、赤井北諏訪神社です。社伝では1233年勧請といいます。毎年8月の例大祭で奉納される山外舞(やまとまい)は昭和51年(1976)にいわき市の無形民俗文化財に指定されました。大黒舞、稲荷舞などが演じられ、最後のひょっとこ舞では演者総出で踊り、山外舞と書かれた扇子(縁起物で魔除けになる)や紅白の餅を参拝者に蒔きます。『いわき市史』には、かつては扇舞と三番叟の神舞もありましたが「舞人は相当の家柄の者に限ったこと」「一週間にも及ぶ厳しい潔斎を強いられたこと」「偶然であろうが舞に携わった者が早世する傾向にあったこと」といった理由で残念ながら断絶したとあります。

実は、時空散走運営メンバーは、昨年の夏に、赤井北諏訪神社の例大祭に行ってきました!その時初めて、山外舞を見たのですが、どの演目もとても迫力があり、惹きつけられました。子供たちも最前列で真剣に見ており、特に最後のひょっとこ舞では、大盛り上がりで、投げられるお餅や扇子を捕ろうとみんな必死でした!その時の映像をツアー参加者の皆さんにも共有しました。地域の例大祭や伝統行事が、子供たちの楽しい思い出として刻まれていることがとても大事な気がします。

また、高木さんによると、「北諏訪神社のすぐ近くに炭鉱の事務所があった」という話を、あるおじいさんから聞いたそうです。時空散走でリサーチをした時にも、地域の方が「ズリ山があって遊んでいた」と話していました。赤井でも、『日曹赤井炭鉱』として採炭されていた歴史があり、赤井駅も石炭積出駅として石炭が運ばれていたそうです。

そして、神社から少し歩くと、昔ながらのレンガ造りの鉄道橋がありました。上には木の枕木が並び、2~6の数字が書いてありました。線路のすぐ下を通れることに子供たちはおおはしゃぎ。大人が通ると、少ししゃがまないと頭が当たってしまうくらいの小さな通路で、ワクワクするスポットの発見でした。

次に向かうのは、『比良団地』です。実は、高木さんのおじいさんが日曹炭鉱に勤めていて、北海道から赤井に来た方で、比良団地は、元々炭鉱長屋でした。そして、比良団地の裏側のフェンスの向こう側にある草むらは、なんと日曹赤井炭鉱の石炭を貯めておいたり、選別する場所として使われており、高木さんが小学生・中学生くらいの頃までは、その遺構が見えていたそうです。また、この山の上にはトロッコの巻き場があったという話も聞いたそうです。

高木さんの話を聞いていると、どんどん比良団地周辺の炭鉱時代の光景が浮かび上がってきて、とても面白かったです。そして、比良団地の前にある自販機で、少し休憩タイム。この日は、肌寒くなってきた頃でしたが、自販機には『冷やしおでん』が・・・みなさん温かい飲み物を買っていました。この自販機の場所も、元々はクリーニング屋兼駄菓子屋だったそうで、子供たちの憩いの場だったんだとか。「ストリートファイター2とかやったな~アーケードゲームが初めて赤井に来たんですよ!」と当時の懐かしい思い出話でも盛り上がりました。

休憩後、また自転車で走っていきます。次に止まったのは、『中島魚店』です。高木さんが見つけた地図にも今と同じ場所に『中島商店』と描かれています。参加者の小学生の子も、スイミングスクールのバスでこの道を通り、気になっていたそうです。すると、お店の中からお母さんが犬を抱っこしながら出てきてくれました。

中島魚店の方が、「昔は、小さい商店がずらりと並んでて、そこの道は商店街で栄えていたんです。こっちの方は、炭鉱長屋があって。」と話してくれました。当時は、炭鉱長屋にたくさんの人が住み、その人々の生活を支える商店が並んでいたのでしょう。実際に、その商店街の道にいってみると、歩道にかかっている橋の一部がレンガ造りになっており、炭鉱時代の鉄道の痕跡だそうです。また、今でも商店がちらほら残っており、商店街の名残が感じられました。

雰囲気のある中華屋の看板があったのですが、残念ながら閉店している様子でした。サポーターの鈴木さんは、閼伽井嶽薬師にお参りした後はここで食べて帰るのがルーティンだったそうです。たしかに閼伽井嶽からまっすぐこの道につながっています。聳え立つ閼伽井嶽を横目に、田んぼ道を走っていきます。

次に到着したのは、高木さんの母校でもある『赤井中学校』です。校舎も当時のまま変わっていないそうで、懐かしんでいました。ここで、鈴木さんが持ってきてくれた、たけのこの里、きのこの山を食べながら、どっち派かで子供も大人も一緒に盛り上がりました。世代を超えるお菓子、いいですよね~。赤井小学校の話にもなり、参加者の皆さんの小・中学校の思い出話にもなり、今日もお喋りが楽しい!止まらない!

再び田んぼ道を走っていくと、田んぼの中に、何か白色の物体が見えるな・・・と思ったら、なんと白鳥の大群でした!毎年、夏井川に来ているところはよく見ますが、赤井の田んぼにも来ているようで、『白鳥飛来の郷の米・ライスワン』と書かれた看板もすぐ近くに見つけました。白鳥が落穂や生き物をついばんでいる田んぼで栽培された安全なお米とのことです。みんなで白鳥を遠くからそっと見守りました。

次に、『南部赤井諏訪神社』に到着しました。地図で上から見ると、最初に行った北諏訪神社とちょうど直線上に位置しており、例大祭の日にはこちらでもお祭りが行われているそうです。みんなでお参りをして、最後の目的地へ!

最後は、スタートで離脱になってしまったサポーター大森さんの家の前を通って赤井駅まで戻ることに。顔色が良くなった大森さんが私たちに気づいて出てきてくれました。今日のツアーについて共有したり、令和元年の台風災害の当時の様子などについても話してくれました。大森さんの家も1階は浸水し、車もダメになったとのことで、今走ってきた田んぼも、一面泥水で覆われていたそうです。

元気そうな大森さんと最後会えてよかったです!次回ツアーでは、また一緒に巡りましょう!大森さんとバイバイし、無事に赤井駅まで戻ってきました。新しい道や、赤井エリアの炭鉱の歴史などを知れて、非常に面白かったです!赤井・平窪マップは、他にもまだ行けていないところもあり、今回で4回目のツアーでしたが、これからも違うコースのツアーが増えていくかもしれません。そのため、リピートも初参加も大歓迎!次回春のツアーもお楽しみに。

 

文章・写真:井上栞里

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