湯本温泉郷で黒いダイヤの夢の跡を追う ~鯨岡阿美子の新瀧跡からコールシスターズの浅貝球場へ~
- 距離:
- 約10キロ
- サイクリング所要時間:
- 約60分
- ウォーキング所要時間:
- 約150分
安政頃、片寄平蔵が内郷・弥勒沢で石炭を発見すると、やがて東京資本が参入して大規模な石炭採掘が開始されました。湯本では石炭1トンに40トンもの温泉が排水され、湯本温泉は抗議しますが石炭発掘は国策であると無視され、ついに大正8年(1919)、湯枯れしました。温泉関係者は山水を汲んで「憎っくき石炭」で湯を沸かしながら必死で温泉営業を続け、昭和17年(1942)に炭鉱会社が温泉供給を約束してようやく危機を脱しました。しかし戦後、石炭産業が衰退すると常磐炭礦は起死回生に温泉を利用した常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)を開業して成功に導きました。温泉と石炭のまち・湯本を巡ります。
- /クレジット/
プロデューサー:陸奥賢
事務局長:寺澤亜彩加
アシスタント:井上栞里
スーパーバイザー:権丈泰巳
マップデザイン:藤城光
マップイラスト:フジキカオリ
リサーチ協力:熊谷真輝、根本和博、山田亜希子
スペシャルサンクス:石井保、大平正志、小菅悟、小松美代子、小松理虔、佐藤和美、里見喜生、佐波古正彦、嶋崎剛、嶌千明、高橋和幸、野木和夫、野口チエ、吉成祥代
- /参考文献/
『湯本温泉記』
『わたしの夫婦論』(読売新聞婦人部)
『私版いわき郷土史 : 鯨岡家記録と一族興亡の系譜』(鯨岡昭)
『いわき市水道史』(いわき市水道局)
『私のいわき地図』(新藤謙著)
『ヤマはふるさと 常磐炭田物語』(草野日出雄)
『医療法人常磐会 いわき湯本病院九十余年史』
『古今炭鉱名鑑』(浅貝保養所)
『日本民俗図誌』(本山桂川 )
『フラガール物語 常磐音楽舞踊学院50年史』(清水一利)
